精神的な感謝の念という、魂を活気づける力を失ってしまった心。そして、利己主義という下剤のような作用によって愚鈍になり、記憶の中から他者への礼節を吐き出してしまった心。
乳飲み子から、その片足を墓穴に突っ込んでいる老人まで、かつて自分に一輪の薔薇を投げかけ、一片のパンを分け与え、あるいは柔らかい羽毛を差し出して、己の人生の道程を少しでも平らかにし、心を喜ばせ、精神に安らぎを与えてくれたすべての人々に対し、親切な言葉や行いをもって報いようという願いすら忘れてしまった心。
私の判断において、そのような者は、人間のペンがこれまでに記録し、あるいは正義の精神が熟慮しうる限りにおいて、最も許しがたい罪を犯しているのである。“The mind that has lost the quickening powers of mental gratitude, and has grown so stupid by the purgative action of selfishness as to expel from his memory a desire to express to all persons, from the infant at the breast to the grave-dipping foot of the aged,by kindly words and deeds, to all persons who have ever thrown a rose, a crumb of bread, or a soft feather that would make his road easier, his heart happier, his mind more at rest, in my judgment is guilty of one of the most unpardonable offenses that the pen of man has ever recorded or the mind of justice could contemplate.”
— Autobiography
最初私がこの文章を読んだときには、どんな状況で書かれた文章なのかが分からず、ちょっと途方に暮れました。
もしかしてスティル博士が誰かにした親切を踏みにじられたことに対する怒りでも書いたのかしらん?なんて…
でもそれは私の全くの勘違いでした。
調べてみたら、この文章はスティル博士の著作「Autobiography of Dr.A.T.Still」の最終章の文章でした。スティル博士自身の文章としては自叙伝締めの言葉です。
この章の内容は、スティル博士が変人の貧乏医師、偽医師とか言われて苦しい時代を過ごしていた時期も自分を支え続けてくれた奥様や精神的土台を作ってくれたお母様、そして友人への感謝を述べ、さらに自身の治療の力及ばず病気で早世した息子への今も途切れることのない愛と死に対する思いを書いたうえで、最後にこの名言が続きます。
自叙伝を書いた頃にはオステオパシーはしっかりと認められ、かつての「変人扱いされた貧乏医師」から「新しい医学の創始者」として名声と富を得つつ有りました。
しかしスティル博士は成功という「毒」が自身の魂を腐らせてしまうことを何よりも恐れていたのでしょう。
苦しい時に支えてくれた人たちへの恩義を忘れるような”人でなし”に自分は決してなってはいけない、そして死ぬまでそれに対する感謝とお返しをしていこうという強い決意を述べています。
つまりこの名言は、今まで多くの人の支えがあって今の自分があることを再確認したうえで、その恩義を忘れることないよう自身への戒めとして書かれたものでした。
治療家として非常に高く評価され、氏の治療を求めて患者さんが引きも切らない状態になっても、その謙虚な気持ちを持ち続けようとし、治療の秘訣を惜しむことなく次世代に伝えていこうと努力した。
そんなスティル博士の人生の行動の原点を見ることができる一節です。


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